第6回 復活2 福音書の復活物語

第6回 復活2 福音書の復活物語

 

<目次>

1.マルコ福音書の復活物語
2.マルコに付加された復活物語
3.マタイ福音書の復活物語
4.ルカ福音書の復活物語
5.ヨハネによる福音書における復活物語
6.結論

 

 

 さていよいよ新約聖書の復活物語と復活に関する記事です。

1.マルコ福音書の復活物語

 マルコ16章18節

1.1 マルコ福音書は、最初に書かれた福音書ですから最古の福音書です。ですからこの福音書に収められている復活物語も最古のものです。そこには、3人の女性が登場します。「マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメ」です。(1節)彼女たちは、安息日が終わると新しい週が始まりますが、つまり土曜の日没・夕方に、香料を買います。犯罪者として葬られたイエス様を、手厚く葬るためです。そして夜が明けて、週の初めの日の朝、つまり日曜の朝になり、彼女たちは、イエス様の葬られた墓へ行きます。墓がどこにあるかは、すでに葬られた時に、「マグダラのマリアとヨセフの母マリアとは、イエスの遺体を収めた場所を見つめていた」(15章47節)、と布告が打たれています。ですから彼女たちは、イエス様の墓がどこかわかっていて、「誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」(3節)、と話し合いながらやってきました。墓はしまっているかもしれないけど、とりあえずやってきた、という感じです。ところが、すでに大きな石は転がしてあります。驚いて中へ入ると、「白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた」(5節)、とあります。そうは書いてありませんが、この若者は、天使です。神様の事柄を伝達する役目を負っている天使です。そしてこの天使の告知が、この物語の中心に位置することが、明らかになります。

 

1.2 女性たちが探しているナザレのイエスは、「復活なさってここにはいない。」(6節)復活の証言と空の墓の伝承です。

1.3 「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる。」(7節)これを「ガリラヤ顕現説」と言います。復活されたキリストは、ガリラヤに現れる、ということです。このことを弟子たちに伝えるように、天使は命じます。

 

1.4 「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、誰にも何も言わなかった。恐ろしかったからである。(8節)ここには、復活の使信が、喜びではなく、恐れを呼び起こした、と記されています。しかもそれゆえに、彼女たちは、この復活の使信を誰にも告げなかった、と言うのです。

1.5 本来のマルコ福音書の復活物語は、ここで突如終わります。9節以下の物語は、後代の写本家が、これでは復活されたキリストご自身が顕現する、弟子たちに現れる、ということが記述されていないというので、付加したものです。

 

. マルコに付加された復活物語

.1 マグダラのマリアへの顕現(911節)

2.2 2人の弟子への顕現(1213節)

2.3 11人の弟子への顕現と宣教命令(1418節)

2.4 キリストの昇天(19節)

2.5 婦人たちの証言

2.6 付加された物語は、すべて他の福音書の復活物語を参照しています。ですから解釈は、そこで述べます。

 

3. マタイ福音書の復活物語

3.1 地震と天使告知とキリストの顕現(マタイ28章1~10節)

  この復活物語は、基本的にマルコのそれを踏まえています。地震の動機がそれに付け加わっています。墓に行くのは、「マグダラのマリアともう一人のマリア」(1節)の二人であり、なぜかマルコよりも一人減っています。地震とともに天使が天から降りてきて、そこで墓石を脇へ転がし、その上に座ります。(2節)そこで、マルコには登場しない番兵(ローマ兵)が、「恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった」(4節)、とあります。

 

3.2 天使告知はマルコと同じく復活の告知(マルコと違い2回)と、キリストにガリラヤで会えるというガリラヤ顕現が告げられます。(これも2回。7節Cと10節。2回目は、キリスト自身が告げる。)それに、婦人たちの反応が、マルコとは違います。「婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。」(8節)「恐れながらも大いに喜ぶ」という矛盾した表現をしてまで、「大いに喜ぶ」という女性たちの気持ちを表現しています。しかもこの女性二人は、途中で復活のキリストに出会います。これでは、ガリラヤ顕現が宙に浮いてしまいますが、マタイは意に解していないみたいですね。

 

3.3 番兵たちの報告と報酬(マタイ28章1115節)

 番兵たちは、すべてを祭司長に報告しました。それで困ったのは、祭司長たちでした。サドカイ派の人たちは、多額の報酬を番兵たちに与えて、「弟子たちが

夜中にやってきて、我々が寝ている間に死体を盗んで行った」(13節)と言わせます。「もしこのことが、総督(正しくは代官)の耳に入っても、うまく総督を説得して、あなた方には心配をかけないようにしよう」とまで言って、番兵たちに嘘の証言をさせます。

 

3.3 弟子たちの派遣と宣教命令(1620節)

 ガリラヤへ帰り、山に登り、復活のキリストに出会った弟子たちは、キリストから派遣と宣教の命令を受けます。「だから、あなた方は行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼(バプテスマ)を授け、あなた方に命じておいたことをすべて守るように教えなさい。私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる。」(1920節)

 

 「父と子と聖霊の名によって洗礼(バプテスマ)を授け」とここに後の三位一体の神とされた三者の名が出てきます。問題は、この三者が一体なのかどうか、もし一体というのであれば、どういう意味で一体なのか、という神論とキリスト論をめぐる論争は、まだここには出てきていません。父なる神と、この父によって派遣された独り子と、さらに父から遣わされる父の霊としての聖霊ということが述べられているだけです。いうまでもなく、父より発出する聖霊は、メシア=キリストの霊でもあります。それは、マルコ福音書の冒頭に、イエス様の洗礼の際に、天から鳩のような姿で霊が降りてくる(マルコ福音書1章10節)ことからもわかります。もちろんこのマルコ福音書の記述も、三位一体の神を述べているのではありません。この記述やマタイの記述から、三位一体の神を証言すると読むのは、いわば後出しジャンケンです。福音書記者マルコもマタイも、全然そんなことは思ってもいません。

 

4. ルカ福音書の復活物語

4.1 空の墓と天使による復活の告知とペトロ(24章112節)

  この復活物語は、基本的にマルコの記述を踏襲しています。ただし、マルコでは天使は、キリストの復活を告知して、ガリラヤで会えるだろう、と復活したキリストの「ガリラヤ顕現」を語るのに対して、そしてすでに見たように、マタイはマルコに従っているのに、ルカはこの重要な告知を削除しています。なぜでしょうか? 

 

これには訳があります。福音書記者ルカは、彼独自の救済の歴史(救済史)の理解を持っています。それによると、人類に対する神の救済は、神のイスラエルの選び、つまり神様がイスラエルをエジプトでの奴隷状態から解放し、救い出し、ご自身の民として選ばれた、というところにその出発点を持ちます。そしてやがて「時満ちて」、神様はナザレのイエスをメシア=救世主として遣わされたわけです。このメシアの誕生と生涯、十字架の死は、すべて広い意味のユダヤの地において起こった出来事です。これをこの救済史は、「時の中心」とみなします。そしてイエス様は、いうまでもなくエルサレムの城外(門の外)で十字架に架けられ、死なれたわけです。ですから、この救済史によれば、キリストの復活は、ガリラヤではなく、エルサレムで起こるべき出来事なのです。

 

そういうわけで福音書記者ルカは、「ガリラヤ顕現」という天使の告知を削除したわけです。(H.コンツェルマン『時の中心』 新教出版社 参照)

 「まだガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい」(6b)、という天使の言葉がかろうじてガリラヤという地名を語ります。でもこれからは、エルサレムで聖霊が降り(これがキリスト教3大祭の一つ聖霊降臨日の起源です)、そこから全世界へと聖霊の働きが続く、とルカは想定しています。

 

 天使の告知を聞く女性たちも、マルコの3人から、「マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた婦人たちであった」(24章10節)というように増えています。

 

 もう一つこの復活物語には、ペトロ一人が墓へ駆け込んで、「身を屈めて中を覗くと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら、家に帰った」(12節)、という逸話が付加されています。これがヨハネによる福音書では、さらに拡大されて物語られます。(ヨハネによる福音書20章110節参照 ヨハネの復活物語の項を参照)

 

4.2 エマオへの途上で(24章1335節)

 多くの人が、この「エマオへの途上で」というルカ福音書の復活物語を、印象深く読み、聞き、また思い出すでしょう。それほどに印象深い物語ですから、当然画家がこの主題をほっておくわけがありません。皆さんは、誰の「エマオへの途上」の絵が好きでしょうか?

 

 この復活物語は、まさに二人の弟子が、エルサレムから絶望しながらエマオへ戻るところから始まります。この二人の弟子のうち一人は、クレオパという名前が与えられています。でも不思議なことにもう一人の弟子の名前がありません。無名のままです。私の理解では、ここに私やあなた一人一人の名前を入れて、クレオパと話しながらエルサレムから下ってくる、と想定する読みが可能です。下るとは、いうまでもなくエルサレムは丘の上の街ですから、どこへ行くにも下り道になるわけです。それはまた、寓意的な解釈をすれば、意気沮喪し、あるいは絶望した人間の心を表している、ということになります。古代においてアレクサンドリアの神学者たちがお手の物とした解釈ですね。私は、あまり納得しませんが、その方法論に。

 

 さて、この二人の弟子に復活のキリストが現れます。つまりルカによれば、この「エマオへの途上」の弟子たちが、復活のキリストと出会った最初の弟子たちということになります。二人が話しているのは何のことか、とキリストに問われて、「二人は暗い顔をして立ち止まった」(17節b)、とあります。なかなか描写が細やかです。彼らは答えます。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力ある預言者でした。それなのに私たちの祭司長や議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。私たちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。」(19節b—21節a

 

 この二人の弟子の説明から判ることは、彼らは、ナザレのイエスを預言者と見なしていたこと、イスラエルを解放する者と理解していたことです。これは、当時のユダヤ人のメシア待望の信仰と合致する理解です。つまりのちのキリスト教会がその理解を精神化して狭めたような、単なる精神の慰め主ではない、ということです。イスラエルを政治的に解放する重要な課題を、メシアは担っていることが、ここから解ります。

 

 「私たちの祭司長や議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです」、とありますが、この文章少し変です。一体誰に引き渡し、十字架につけたのは誰なのか、全然触れていません。これではまるで、祭司長や議員たちにのみ責任があるみたいに、早とちりして読む人も出てくるでしょう。そうです、ルカは、ローマ帝国の代官ピラトの名前を出さずに、ここで彼を庇っています。これはすでに受難物語のピラトのイエス裁判において認められます。つまりピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか。この男には死刑にあたる犯罪は何も見つからなかった」(23章22節b)、と言います。

 

ピラトは、同じセリフを3度も繰り返します。(23章4節、14節cとこの22節b) こうして、いかにピラトにはイエス処刑の責任がないかを、ルカは、ローマ帝国への弁明のために繰り返します。

 この後話題は、復活のことに転じます。「しかもこのこと(=十字架刑)があってから、今日で3日目になります。(つまり日曜日)ところが、仲間の婦人たちが私たちを驚かせました。婦人たちは朝早く行きましたが、遺体を見つけずに戻ってきました。そして天使たちが現われ、「イエスは生きておられる」と告げたと言うのです。仲間の者が何人か行ってみたのですが、婦人たちの言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」(21b—24節)

 

 ここまでが、弟子たちが復活のキリストに彼とは知らずに語った、彼らが体験した顛末です。この説明に対して、復活のキリストは嘆き、説明します。

 「そこで、イエスは言われた。ああ、物分かりが悪く、心が鈍く、預言者たちが言ったことを全て信じられないものたち。メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。そしてモーセと全ての預言者から初めて、

聖書全体にわたり、ご自分について書かれていることを説明された。」(2527節)

 

 ここで言われている預言者(ネビイーム)とは、「前の預言者」として、ルツ記を除くヨシュア記から列王記下までの6冊と、「後の預言者」として、哀歌とダニエル書を除くイザヤ書からマラキ書までの15冊のことです。トーラーと預言者を合わせて、イエス様当時のユダヤ教公認聖書でした。詩篇やヨブ記などのクトウビーム(諸書、すなわち諸々の書物)は、まだ正典聖書として公認されていません。それが公認されるのは、共通紀元90年のヤムニアでのファリサイ派サンへドリン(最高法院)の決定によります。

 

 つまりメシアの受難と栄光は、聖書の預言によるものであって、他のいかなる異教的な宗教とも関係なく、他のいかなる民族出身の宗教的天才とも関係ない、ということです。イエス様がユダヤ人であることがいかに重要なことかは、このコラムで強調していますが、もう一度「処女降誕について」を読み返してください。この場面が一つの山だとすると、次の山がすぐにきます。それがつまりエマオの宿での食事の場面です。

 

 エマオの村に近づくと、イエス様はなおも先に行こうとするので、弟子たちは引き止めます。そして宿に着き、3人で食事をとります。

 「一緒に食事の席に着いた時、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだとわかったが、その姿は見えなくなった。二人は、『道で話しておられる時、また聖書を説明してくださった時、私たちの心は、燃えていたではないか』と語り合った。」(3032節)

 

 この短い報告には、3つのことが記されています。まずこのエマオの宿での食事は、イエス様が弟子たちとした過越の食事の繰り返しです。そのこともあって二人の弟子は、「目が開け」、イエス様と初めて認識します。でもその瞬間に、彼の姿は見えなくなります。そして弟子たちは、イエス様と共にエマオへの道を共にし、彼から話を聞き、聖書を解き明かされた時に「心が燃えていた」経験をしたことを認めるわけです。聖書を読んで、彼の話と彼についての話を読み、心で理解しようとし、そこで「心が燃える」経験をする者は、すでにこの二人の弟子のように、復活のキリストに出会っている、と言えます。

 

 二人の弟子は、元来た道をエルサレムへ戻ります。もはや暗い顔をして、逃亡する必要はないのです。エルサレムで、キリストが「本当に復活して、シモンに現れた」と弟子たちが言っているのを、二人の弟子は聞きます。でも変ですね。ペトロは、空の墓を見ただけで(24章12節)、キリストが彼に現れた、とはどこにも記してないですね。

 

.3 弟子たちに現れる復活のキリスト(24章3649節)

 エマオへの途上の物語とこの物語は、マルコとマタイにはありません。福音書記者ルカが独自に入手した伝承に基づいて書いている、と思われます。

 ここでいよいよ復活のキリストが弟子たちに現れ、「平和があなたがたにあるように」(36節)という祝福を与えます。「彼らはおそれおののき、亡霊を見ているのだと思った。」((37節)そこで亡霊でないことをキリストは証明することになります。ご自身の手足を見せただけではなく、焼いた魚を食べるパーフォーマンスまでして見せます。(3943節)亡霊と違って、私には血も肉もある(39節)、とキリストは訴えます。この魚を食べる逸話は、どういう伝承経路かわかりませんが、ヨハネ福音書の復活物語に、拡大されて現れます。(ヨハネによる福音書21章414節参照)

 

 このルカの第3の復活物語で著者ルカが一番言いたいのは、次のことです。

 「私についてモーセの律法と預言者の書と詩篇に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、あなたがたと一緒にいたころ言っておいたことである。そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、言われた。次のように書いてある。『メシアは苦しいを受け、3日目に死者の中から復活する。また罪の許しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えらえる』と。エルサレムから初めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。私は、父が約束されたものをあなたがたに送る。高いところの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」(4449節)

 

 ここには、モーセの律法(トーラー)と預言者(ネビイーム)ともう一つ詩篇が加わって、この三者の預言によって、メシアの事柄が全て成就する、と言われています。あたかも共通紀元90年のファリサイ派サンへドリン(最高法院)の決定を先取りするかのように、クトウビーム(諸書)の一つである詩篇が言及されます。そして、メシアの受難と3日目の死者からの復活と罪の赦しのための悔い改めが、全世界に宣教される、という言葉が与えられます。そして最後は、ガリラヤへ行くのではなく、エルサレムの都にとどまれ、という命令で終わります。つまり、ルカのエルサレム顕現説のためであり、聖霊降臨祭の布告です。なぜなら聖霊は、エルサレムで弟子たちに降るからです。(使徒言行録2章参照)

 

5. ヨハネによる福音書における復活物語

5.1 マグダラのマリアとペトロともう一人の弟子(ヨハネによる福音書20章110節)

この物語は、マルコ福音書の伝承を基にしています。しかし、女性はマグダラのマリア一人になり、天使も登場しません。ここには、天使のお告げもありません。マグダラのマリア一人が、シモン・ペトロと「イエスが愛しておられたもう一人の弟子(20章2節)のところへ走っていって「空の墓」について知らせる、というように書き換えられています。この福音書記者が、マグダラのマリアを特別視していることがわかります。こうして新約聖書自体が、元の伝承を書き換えたり、削除したり、付加したりという作業を行なっています。ましてのちの写本家においておや! この物語で笑えるのは、この二人の弟子が競争をして墓へ駆けて行き、もう一人の弟子が早くついた(4節)、という逸話です。

 

5.2 マグダラのマリアへの復活のキリストの顕現(20章1118節)

この物語も拡張されています。マグダラのマリアは、いつ墓へ戻ったのでしょう? 書いてありません。それともこれは別な日の物語ということでしょうか?「マリアは墓の外に立って泣いていた」(11節)、とあります。そこで初めて彼女は、二人の天使に出会います。「一人は足の方に、もう一人は頭の方に座っていた」(12節)、と記されています。これも細やかな描写です。するとそこに、復活されたキリストが現れます。ここでもマグダラのマリアが、最初の復活のキリストに出会った証人ということになります。

 

 「イエスが、『マリア』と言われると、彼女は、振り向いて『ラボニ』と言った。」『先生』という意味である。イエスは言われた。『私にすがりくのはよしなさい。まだ父の身元へ登っていないのだから。』私の兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『私の父であり、あなた方の父である方、また私の神であり、あなた方の神である方のところへ私は上る。』」(1617節)

 有名な場面ですが、ここでマリアが託された事柄は、「キリストの昇天」を弟子たちに伝える、ということです。

 

5.3 弟子達への顕現(20章1923節)

福音書記者ヨハネは、妙に細部の描写にこだわります。

「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子達はユダヤ人を恐れて、自

分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなた方に平和があるように』と言われた。父が私を遣わしたように、私もあなた方を遣わす。」(19節)「そう言って手と脇腹をお見せになった。」(20節)「彼らに息を吹きかけられて言われた。聖霊を受けなさい。」(22節)「誰の罪でも、あなた方が許せば、その罪は許される。誰の罪でも、あなた方が許さなければ、許されないまま残る。」(23節)

 

 ここで平和の祝福が、キリストから2度述べられます。そして派遣の宣告、聖霊を受けよ、という奨励、そしてキリストが罪を赦す権限を弟子たちに与えることが述べられます。ここからも、教会は罪を赦す権限を持つ、という理解が広がりますね。それが、教会の権威の確立とつながります。今日でも東方正教会やカトリック教会では、告解の秘跡において司祭は罪の赦しを宣告する権限を持つ、と理解されています。周知の通りプロテスタント教会は、告解の秘跡は聖書的根拠がない、ということでルター以来廃止して今日に至っています。つまり、プロテスタントの牧師は、罪の許しを宣告する権限を持ちません。

 

5.4 トマスへの復活顕現

次に復活のキリストは、弟子たちへのキリストの顕現の場に居合わせなかったトマスに現れます。

 「あの方の手に釘の跡を見、この指を手の後に入れてみなければ、またこの手をそのわき腹に入れてみなければ、私は決して信じない。」(20章25節)

 

 これも有名なヨハネ福音書の復活物語ですが、ここでは「疑うトマス」が、前面に出ています。キリストの手の釘跡を見て、手を差し込む、という生々しい要求をトマスはします。これは、復活したのは、あの十字架にかかって死なれたナザレのイエスであり、幽霊でもなんでもない、ということを強調しているわけです。なぜか? それは、このヨハネ福音書が書かれた共通紀元100年ごろに、「グノーシス主義」というヘレニズムの宗教思想が教会に入ってきて(元はもっと以前パウロの時代からですが)、キリストの死と復活を現実の出来事とする理解を否定していたからです。彼らは、キリストの十字架は、「仮にそう見えただけ」(これを「仮現説」と言います)とか、誰か身代わりが死んだとか、突拍子もない、荒唐無稽なことを主張していたわけです。復活も「霊魂不滅」と混同します。しかし復活が「体の蘇り」でなければ、幽体、つまり幽霊になってしまいます。ですから、ここでトマスは、現実に死んだイエス様がキリストとして蘇った証拠を見せろ、と踏ん張っているわけです。

 

 8日目にキリストが現れます。

 「それからトマスに言われた。『あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。あなたの手を伸ばし、私の脇腹に入れなさい。信じないものではなく、信じるものになりなさい。』トマスは答えて、『私の主、私の神よ』と言った。イエスはトマスに言われた。『私を見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。』」(27−29節)

 

 グノーシス派の十字架の死の理解や復活理解への反駁として、われわれ三次元の体と姿としては変わらない、と強調するのはわかります。でもそれでは、復活後の「霊の体」(コリントの第一の手紙15章44節=後述)との違いは、一体なにだろう? そういう問いがわきあがります。この物語だけでは、そこは解明できません。

 

 もう一つは、トマスの告白です。「私の主、私の神よ」というトマスの告白は、キリストを神と崇めている証拠はなにでしょうか? ユダヤ人キリスト者トマスは、本当にメシアを神と告白したのでしょうか? これについては、すでにこのコラムの「歴史の散歩道」で述べています。みなさん、再読をお願いします。結論だけ言えば、私の理解では、トマスは復活したキリストに「私の主よ」と呼びかけ、コンマ、句点の後にキリストを死人のうちから復活させた神様に「私の神よ」、と呼びかけた、ということでした。

 

5.5 弟子たち7人に再度顕現するキリスト(21章1−14節)

この物語は、20章19−23節の弟子たちへのキリストの顕現物語を拡大

し、それにトマスへの顕現物語と同じようにグノーシス派への反駁の動機を付け加えます。しかも場面は、ここではガリラヤ湖のテイベリアス湖畔です。つまり、ガリラヤでの復活されたキリストの顕現物語です。キリストの指示に従って網を下ろすと、大漁となり、その魚をキリストが弟子たちとともに食べる、という場面が描かれています。ちなみに、第一次戦後派の作家で、の地位洗礼を受けた椎名麟三は、この場面を読んで衝撃を受け、しかもキリストのユーモアをここから読み取りました。

 

5.6 復活のキリストとペトロ

この物語も、感動深く、印象深く受け取るキリスト者が多いと思います。

でもこの物語のキリストとペトロの問答は、この物語に感動する人たちには申し訳ないのですが、少し変です。というのもこの問答は、ギリシャ語の二つの愛の言葉をめぐる問答だからです。

 

 「食事が終わるとイエスはシモン・ペトロに、『ヨハネの子シモン、この人たち以上に私を(アガペーの愛で=コラムニスト)愛するか』と言われた。ペトロが、『はい、主よ、私があなたを(エロースの愛で=コラムニスト)愛していることは、あなたがご存知です、と言うと、イエスは、『私の子羊を養いなさい』と言われた。』(21章15節)

 この問答が3回繰り返されます。2回目も同じで、アガペーの愛で私を愛しているか、とキリストは聞くのに、ペトロは2回目もエロースの愛で愛している、と答えます。そこでキリストは、3回目にはエロースの愛で私を愛するか、とペトロに聞き直し、彼は3回目も同じ答えをする、という物語です。

 

 いくら復活物語だからといって、イエス様の生前、ガリラヤで二人ともアラム語で話していたのに、ここで急にギリシャ語で話すなんて、不自然です。ですからこれは、キリストの全生涯がアガペーの愛に基づくものであること、その愛で弟子たちもイエス様を愛せるけれど、ペトロはエロースの愛、より良いものを求めて上昇する愛でキリストを愛するという違いがある、と福音書記者は言いたいのでしょう。復活物語というより、キリストの全生涯をアガペーという言葉で捉えた解釈と言えそうです。でも、キリストがペトロにアガペーの愛で愛するかと問うていることは、私たち人間もアガペーの愛で愛しうる可能性を示しています。

 

 スエーデンのルター派の神学者アンダース・ニーグレンに『アガペーとエロース』(全3巻 新教出版社)という著作があります。ニーグレンは、アガペーとエロースを根本的に対立する二つの愛とみなします。つまり前者は神の愛、後者は人間の愛で、この二つは交わらない、と理解しています。でもこの理解は、あまりにも狭いアガペーの理解だと思います。人間もまた、自己犠牲的・価値創造的なアガペーの愛で他者を愛せることは、数少ない人々の人生が証明しています。

 

5.7 イエスとその愛する弟子(21章20−25節)

最後に7つ目の物語としてイエス様が生前最も愛された弟子、つまりヨハ

ネのことをペトロが聞く場面ですが、これは、福音書記者が使徒ヨハネと自分たち「ヨハネ教団」は、密接な関係を持っていることを、暗に示そうとしているのでしょう。この問答も、別に復活の物語の枠に置かなくても、理解できます。

 

6. 結論

 以上、4つの福音書のすべての復活物語に言及してきました。全部で13の復活物語です。完全に相互の整合性があるかと問えば、そうは言えません。特に天使の告知を受ける女性の名前と数が一致しません。4人の福音書記者が、各々自分が受け取った復活伝承を書きとめたら、結果としてこうなった、ということでしょう。また、時代が経過すればするほど復活物語は増えています。ヨハネ福音書は、その最たるものです。グノーシス主義者たちへの反駁という動機も、ヨハネ福音書が一番鮮明です。時代のしからしめる要請です。

 

 さて、それでは福音書記者たちは、復活物語を描くことで、何を発信しようとしたのでしょうか? 彼らの描くメシア=キリストの復活に、どんな意味を込めたのでしょうか? この問いについては、キリストの復活を、終末の時の「死者の復活」との関連で理解するパウロの主張へと向かうべきでしょう。

 ということで、次回は、「復活3 パウロの復活理解」です。お待ちください。

 畠山 保男

 

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